副業スタッフ・お手伝いボランティア募集中

はじめまして。 Sと申します。

野田の仕事を少し手伝っています。

今、様々な事情から生活に行き詰まり、どうしたらいいのかわからず、一人で悩んでいる人がたくさんいます。 支援の手を求めている生活困窮者、うつ病やその他メンタル・こころの病や〇〇障害(色々ある)、その他誰にも相談できない悩みを抱えていたり、様々な事情から人並みに働けなかったり、またそもそもあまりにも恵まれない環境で育ち、十分なチャンスを与えられず、ネットカフェ生活やその日暮らしの生活にもとうとう行き詰まることになって、あとは自殺するしかないのではないか、と考えている人たちがこの日本にも実はたくさんいます。

昨年の東京都調べでは、都内のネットカフェ生活者は約4000人、 十分な食事や、こころのケアも得られず、生きる意味もあまり見出だせずに、やっとなんとか生きているだけ、という人がたくさんいます。

かつて、ラーマクリシュナの弟子であるヴィヴェーカーナンダは、 当時イギリスからやって来た宣教師たちが貧しいインド人に宣教しようとしているのをこう言いました。 「食べるものがないほどの貧しい者に対して、宗教的な教えを与えようとすることは彼らに対する侮辱である。」(拙訳)

(The Complete Works of Swami Vivekananda/Volume 1よりhttps://en.wikisource.org/wiki/The_Complete_Works_of_Swami_Vivekananda/Volume_1/Addresses_at_The_Parliament_of_Religions/Religion_not_the_Crying_need_of_India )

これは当時、イギリス支配の下、極度の貧困状態にあったインドの民衆を現実的に救う必要があった、 そして彼自身が(もともと富裕な家の出ではあったが)、急死した父親が残した多額の借金を背負って金策に奔走する毎日の中で、その日に食べるものも得られないという極度の貧困を経験した、その中からくる強力なメッセージだと自分は解釈しています。

「貧しいものにはパンを与えよ。彼らが必要としているのは教えではない。(教えはインドにはもう十分にある!) 生存の問題を克服しなければ、どうして教えを理解し実践することなどできようか。 彼らが真理を実践しているかどうか、同じ宗教・教えを実践しているかどうかはまったく関係がない。同じ人間なのだ! 飢えている人間・その日食べるものがない人間、食べ物を求めている人間に対して、形而上の教えを与えようとしたり、 宗教(食べられないもの)を与えようとしたりするのは彼らに対する侮辱だ。」(意訳)

私たちはまずは生存の問題をクリアしなければなりません。 山田鷹夫さんやヒラ・ラタン・マネク氏のような不食者でない限りは、食べなければ生きていけません。 この現代の日本にも様々な理由により、食べれるかどうかギリギリで生きているような人たちがいるのです。 サバイバル(生存)の問題をクリアして初めて、人は精神的な教えに触れ、さらなる向上を目指すことができます。 サバイバルはまずこの世に生まれた誰もがクリアしなければならない、最初の課題です。

これを読んでいる人の中で、かつての私たちが本来目指したような人助けや、人類・社会への貢献、NPOが行う社会的事業に興味のある方がいるかもしれません。

もし個人的に住居の問題があれば、野田のところに来れば住むところも提供してもらうこともできます。

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Sより